コロナ禍のある時期、私は毎朝パソコンを開いて、社内チャットに「始業します」と打ち込んでいた。
そして仕事を終えると、「終業します」と報告する。
それだけ。
仕事がなくて怒られるわけでもない。誰かに「何してるの?」と聞かれることもない。
一見すると、かなり楽な仕事環境だったと思う。
でも、私は日に日に苦しくなっていった。
「私、このまま誰からも必要とされないんじゃないかな」
そんなことを考えるようになった。
当時28歳。
私はそこから、半年間カナダへ留学することになる。
今振り返ると、あの留学は英語を身につけるためだけのものではなかった。
自分の人生が止まってしまったように感じていた私が、もう一度、自分で何かを動かしてみるための挑戦だったのだと思う。
ほぼ毎日在宅勤務。「私、何も生み出してないな」
コロナ禍になる前は、全国各地への出張をベースに仕事をすることが多かった。
ところがコロナ禍で、そうした働き方ができなくなった。
ほぼ毎日在宅勤務。
出社できるのは週1回あるかないか。
仕事自体がなくなったわけではない。
誰かが誰かに説明するためだけの資料を作成したり、
上司からのノールックパスで転送されたメールの処理
意味があるのわからないエクセルのデータ入力。。。
自分で何かを生み出している感覚がなかった。
人から頼まれた仕事や資料作り、いわゆる「雑用」をこなして一日が終わる。
毎朝、始業の報告。
仕事をして。
夕方、終業の報告。
誰かに進捗を催促されることもない。
何をしているのか確認されることもない。
最初は楽だった。
でも、だんだん怖くなった。
「私、何も生み出してないな」
「このまま誰からも必要とされなくなるんじゃないかな」
そんな気持ちが積み重なっていった。
「自分で波を起こせる人になりたい」
コロナ禍で外出することも極端に控えていた。
会社に迷惑をかけたくないという気持ちもあって、旅行にも行かなかった。
友達や家族とも以前のようには会えない。
夫は会社の中枢を担う部署で忙しく働いていて、残業も多かった。
仕事のプレッシャーも大きかったと思う。
私はほぼ在宅勤務で、夫は毎日激務。
同じ家にいても、生活している世界が違うように感じることもあった。
人との距離がどんどん遠くなっていくような、なんとも言えない孤独感があった。
そんな頃、友達は私にこんなことを話していた。
「私は、自分で波を起こせる人になりたい」
そう言われてハッとした
「今の私は何もできていないな」
と思った。
誰かから与えられた仕事をこなすだけではなく、自分から何かを始めて、自分で状況を動かしていく。
そんな人になりたかった。
きっかけは「英語」だった
私は、いわゆる典型的な「日本人の英語力」だった。
文法なら何となく分かる。
でも、リスニングとスピーキングは壊滅的。
TOEICを受けたこともあったけれど、最初のリスニングが長すぎて、それだけで嫌になってしまった。
200点台を取ったこともある。
そんな私に、会社のグローバル化という流れがやってきた。
会社が英語力底上げのため、全社員に英会話が求められるようになった。
最初は本当に苦痛だった。
決められた回数をこなさなければならない。
「英語なんて話せないのに……」
と思いながら、仕方なく続けていた。
ところが、やっているうちに少しずつ変わってきた。
「なんか、英語ができたら楽しいかも」
そう思うようになった。
そして、会社の中を見渡してみると、意外と英語ができる人は多くないことにも気づいた。
そこで、ある考えが浮かんだ。
「英語ができるようになれば、私にも会社の中で必要とされる役割ができるんじゃないか」
自分の居場所を、英語に見つけようとしたのだと思う。
正直、夫にも認めてもらいたかった
もう一つ、英語を頑張りたいと思った理由があった。
夫は私より英語ができた。
だから、正直に言えば、
「夫に認めてもらいたい」
という気持ちもあった。
活躍している自分を見せたかったのだと思う。
そして、ちょっと悔しいけれど、
「夫に勝ちたい」
という気持ちもあった。
今振り返ると、当時の私は、かなり「誰かに認められたい」という気持ちを抱えていたのだと思う。
仕事では自分の存在価値を感じられない。
だったら英語を武器にしてみよう。
英語ができる人になれば、自分の役割ができるかもしれない。
そう考えるようになった。
「生半可な英語では身につかない」だから留学した
英語をやると決めても、日本にいるままでは中途半端になりそうだった。
それなら、思い切って環境を変えよう。
留学を「英語の勉強」というより、修行のように考えた。
会社を辞める覚悟もあった。
上司には、「留学したい」と相談した。
できれば辞めずに戻ってこられる方法はないか、人事部にも相談した。
最終的には、有給休暇や欠勤等を組み合わせて半年間行くことになった。
今考えると、よく相談できたなと思う。
上司は比較的すんなり受け入れてくれた記憶がある。相談自体は30分くらいだっただろうか。
もちろん、裏でどんな話がされていたのかは分からない。
でも、今振り返ると、
「それくらい当時の私は追い詰められていたのかもしれない」
とも思う。
夫は大賛成。私の意見を快く尊重してくれた。
そして、私はカナダへ留学する


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