1歳半の息子が熱性けいれん2回|救急車を呼ぶか迷った母親が病院で救われた話

子育て

子どもが熱を出す。

それだけでも心配なのに、熱性けいれんを起こした。

しかも、一度だけではなかった。

この数日、息子の熱とけいれんに振り回されながら、私はずっと気を張っていた。

「これでよかったのかな」

「また起きたらどうしよう」

「救急車を呼ぶべき?」

そんなことを何度も考えた。

そして今日、病院でかけてもらったある言葉に、泣きそうになった。

日曜日の夜、突然の高熱

日曜日の夜、息子が40℃を超える熱を出した。

まだ1歳半。

高熱だけでも心配なのに、月曜日の早朝、はじめて熱性けいれんを起こした。

夫も一緒にいたので、そのときは比較的冷静だった。

「救急車を呼ぼう」

迷わずそう思った。

震える手で「119」に電話した。

救急車で病院へ搬送され、診てもらった。

幸い、けいれんは5分程度でおさまり、その後は大きな問題もなく帰宅することになった。

「また、けいれんしても救急車呼んでくださいね。すぐおさまる保証はありませんから」

これで救急車を呼んでいいのかと不安になったが、先生の言葉に少しほっとした。

その日の昼前には、かかりつけ医にも受診した。

薬をもらい、自宅で様子を見ることになった。

これで少し安心できるかな。

そう思っていた。

再びけいれん

ところが、その日の夕方。

再び息子がけいれんを起こした。

今度は私ひとりだった。

抱っこしていた息子が、突然震え始めた。

「また……?」

病院では、1回の発熱では1回の熱性けいれんになることが多く

2回以上なることは、あまりよくないと言われた。

息子の手足はガクガクと震え、呼吸は異常な音を響かせた。

口元は青白くなり、泡をふいていた。

頭が真っ白になった。

救急車を呼ぼうと思った。

でも、朝とは違って夕方だった。

「また救急車を呼んでいいのかな」

「周りに迷惑じゃないかな」

そんなことまで頭をよぎった。

この地域では、その時間帯は#8000や#7119にもすぐ相談できなかった。

そのとき、病院で「けいれんの様子を動画で撮っておくといい」と言われたことを思い出した。

私は2回目のけいれん中に、息子を横向きにして顎先を上げ、安全な体勢をとってから動画を撮った。

撮りながら、

「私、何をしてるんだろう」

と思った。

目の前で息子がけいれんしているのに、スマホを向けている自分。

でも、後から考えると、その動画は診察のときに先生に様子を伝えるための大切な記録になった。

結局、5分ほどでけいれんがおさまった。

その後、帰宅した夫と相談し、自家用車でかかりつけ医へ向かった。

「私はちゃんと息子を守れているのかな」

2回目のけいれんのあと、私はずっと考えていた。

「救急車を呼ばなかったけど、本当にこれでよかったのかな」

「親として、命を守ることを最優先にできなかったんじゃないかな」

一度目は迷わず救急車を呼べた。

でも二度目は、一人だった。

怖かった。

判断に自信がなかった。

そして何より、誰にもすぐ相談できない状況が不安だった。

息子が元気になればなるほど、

「もっとちゃんとしなきゃ」

と思ってしまった。

次の日、元気すぎる病人

けいれんのあと、息子は少しずつ元気を取り戻した。

前日までぐったりしていたのが嘘みたいに、夜中にはベッドの上を走り回って「遊びたい」とアピールする。

次の日の朝は熱も37℃前半。

一日中元気だった。

ご飯も食べる。

遊ぶ。

笑う。

昨日までのことが嘘みたいだった。

「元気になってよかった」

心からそう思った。

でも、元気になったからといって、私の疲れがなくなるわけではなかった。

朝昼晩のご飯を用意して、食べさせて、自分のことをして、家のことをして。

仕事のメールも気になって、ちらちらスマホを見る。

返信できない。

でも、仕事のことが頭から離れない。

次から次へと「自分にボールが投げられてくる」ような感覚。

地味に、ものすごくストレスだった。

看病疲れ。仕事と育児の両立に悩む

病児保育を利用しようと思った。

予約開始時間にすぐ予約した。

でも、キャンセル待ち。

「明日も休むのか、私は」

そう思った。

仕事を休むことへの申し訳なさ。

子どものことを心配する気持ち。

家事の疲れ。

そして、ずっと続く緊張。

全部が重なっていた。

「大人と会話したいな」

ふと、そんなことを思った。

「自分を1人の人間として見てくれる場所に行きたいな」

母親である前に、私は私なのに。

ここ数日はずっと「息子のお母さん」だった。

私自身のことを心配してくれる人なんて、いないような気がしていた。

そんな中、夕方からまた熱が上がった。

39.5℃。

機嫌も悪くなってきた。

「また熱が上がった……」

明日まで熱があれば、もう一度かかりつけ医に行こう。

そう決めた。

そして翌朝。

朝から39.4℃。

また病院へ向かった。

診察を受け、血液検査の結果を聞いた。

おとといと比べると、数値は良くなっているとのことだった。

よかった。

それだけで、少し安心した。

そして、先生や看護師さん、受付の方の顔を見ると、なぜかホッとした。

ここに来れば大丈夫。

そんな気持ちになった。

何日も緊張していたからこそ、病院という「助けてもらえる場所」にいること自体が安心だったのかもしれない。

私を救った一言

診察が終わったあと、一人の看護師さんが来てくれた。

そして、

「お母さん、大変だったね」

「寝られなかったよね」

「良くなってるからね」

「大丈夫だよ」

そう言ってくれた。

泣きそうになった。

たぶん、私はこの数日ずっと「息子は大丈夫か」ばかり考えていた。

でも、その看護師さんは私のことを見てくれた。

「お母さんも大変だったね」

と言ってくれた。

その一言が、ものすごく嬉しかった。

「ありがとうございます」

心からそう思った。

次にけいれんが起きたら

今回、先生と看護師さんから、次に熱性けいれんが起きたときのことも教えてもらった。

2〜3分ほど様子を見て、おさまらなければ救急車を呼ぶ。

おさまったとしても、日中であれば病院に連絡して、その日のうちに受診する。

「次はどうしたらいいんだろう」

という不安に、具体的な答えをもらえた。

それだけでも、ずいぶん心強かった。

前回の私は、一人で怖くなって、救急車を呼ぶか迷った。

でも、次に同じことが起きたときには、今日教えてもらったことを思い出そうと思う。

私も誰かに支えてもらっていい

子どもが病気になったとき、親は「しっかりしなきゃ」と思う。

冷静に判断しなきゃ。

子どもを守らなきゃ。

ご飯も食べさせなきゃ。

家のこともしなきゃ。

仕事にも連絡しなきゃ。

でも、本当は親だって怖い。

疲れる。

眠れない。

誰かに「大丈夫だよ」と言ってほしくなる。

今回、それを改めて感じた。

私は、息子を守る側だと思っていた。

でも今日は、先生や看護師さんの言葉に私自身が救われた。

「お母さん、大変だったね」

たった一言。

でも、その一言で、張りつめていたものが少しほどけた。

子どもの病気は、子どもだけの問題じゃない。

親も一緒に不安になって、疲れて、頑張っている。

だから私も、もう少し誰かに頼っていいのかもしれない。

「大丈夫」と言ってもらっていいのかもしれない。

そしていつか、私も誰かに、

「大変だったね」

「よく頑張ったね」

「大丈夫だよ」

と言える人になりたい。

今日は、息子の回復だけじゃなく、

私自身も誰かに支えてもらえるんだ

と気づけた一日だった。

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